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大阪地方裁判所 昭和50年(行ウ)30号 判決

原告

文性河

外七名

原告ら訴訟代理人

西山要

岸本昌巳

被告

法務大臣

古井喜実

被告

大阪入国管理事務所

主任審査官

田野井優

被告ら指定代理人検事

坂本由喜子

主文

一  原告らと被告法務大臣との間で、裁決が無効であることを求める請求、原告らと被告主任審査官との間で、退去強制令書発付処分が無効であることを求める請求を、いずれも棄却する。

二  原告らが、被告法務大臣に対し、本件裁決の取消しを求める訴を却下する。

三  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告ら

(一)  原告らと被告法務大臣との間で

(主位的請求の趣旨)

被告法務大臣が、いずれも昭和四九年一二月一六日付で原告らに対してした裁決が無効であることを確認する。

(予備的請求の趣旨)

右裁決を取り消す。

(二)  原告らと被告大阪入国管理事務所主任審査官(以下被告主任審査官という)との間で

被告主任審査官が昭和五〇年二月一七日付で原告らに対してした退去強制令書発付処分が無効であることを確認する。

二  被告ら

主文同旨の判決。

第二  当事者の主張

一  本件請求の原因事実

(一)  原告文性河は、昭和七年八月一日、韓国済州市道頭里一九五八番地で、父訴外文昌斗、母訴外張奉順の二男として生まれた韓国人である。

原告宋英子は、昭和一一年六月一三日、大阪市生野区で、父訴外宋汝聖、母訴外梁慶順(戸籍上金連心又は梁癸順)の長女として生まれた韓国人である。

原告文性河と同宋英子とは、次のとおり子を儲けた。

続柄  子の姓名  生 年 月 日

長女 原告文京子

昭和三五年 二月八日

長男 原告文聖元

昭和三六年 八月二三日

二女 原告文良子

昭和三八年 四月二五日

三女 原告文和子

昭和四五年一〇月一四日

四女 原告文恵子

昭和四七年 三月三一日

五女 原告文君子

昭和四八年一二月二三日

なお、原告文性河と同宋英子との事実上の夫妻となつたのは、昭和三四年四月であり、法律上の夫婦となつたのは、昭和三九年六月一〇日である。

(二)  原告文性河は、昭和四一年二月ころ、同宋英子は、昭和四二年一一月ころ、同文京子、同文聖元、及び同文良子は、いずれも昭和四八年四月ころ、有効な旅券又は乗員手張を所持しないまま、日本国に密入国した。

原告文和子、同文恵子、及び同文君子は、日本国内で出生したが、その後在留資格取得の申請をせず、旅券に在留資格及び在留期間の記載又は永住許可の証印を受けないまま、日本国に残留した。

(三)  原告文性河、同宋英子、同文京子、同文聖元及び同文良子は、出入国管理令(以下令という)二四条一号に、そのほかの原告らは、令二四条七号に、それぞれ該当するとして、退去強制の手続が進められたが、その退去強制手続の経過は、別表のとおりである。

(四)  被告法務大臣がした本件裁決には、重大かつ明白な瑕疵があるから、本件裁決は無効であり、本件裁決をうけてされた被告主任審査官の本件退去強制令書の発付処分も無効である。〈中略〉

(3) 原告文性河、同宋英子をのぞくそのほかの原告ら(以下原告文京子らという)には、手続上次の無効事由がある。

(ア) 原告文京子らは、未成年者であるから、その法定代理人は、当時の韓国民法によると親権者である父原告文性河である。

(イ) ところが、原告宋英子は、原告文京子らの代理人として、入国審査官の審査、認定通知書の受領、口頭審理の請求、特別審理官の口頭審理、判定書謄本の受領の各手続に関与した。

そうすると、入国審査官の審査、認定、特別審理官の審理、判定は、代理権のない者が関与した点で重大かつ明白な瑕疵があり無効である。

(ウ) これらの手続を前提とした本件裁決は無効である。〈中略〉

二  被告らの答弁と主張

(認否) 〈省略〉

(主張)

(一)〜(五) 〈省略〉

(六) 本件裁決の適法性について〈中略〉

(4) 原告京子らの主張について

(ア) 本件は、私法のいわゆる抵触といつた国際私法の問題ではなく、行政法規を適用していく過程において、誰を手続に関与させるべきかということが問題になつているにすぎない。したがつて、法例の適用はない。

もし、本国法に従つて令の行政手続を進めなければならないとなると、無国籍者、本国法の明らかでない者、本国法による親権者が入国していない場合などでは、その手続がとれないことになり、このことは不合理である。

(イ) 令による手続を進めるためには、その利益保護をはかるものを関与させることで足りる。未成年者には、父又は母が最適である。本件では、母である原告宋英子が関与しているから、それで十分である。

(ウ) 原告文京子らに対する裁決書、外国人退去強制令書は、父原告文性河が異議なく受領した。このことから、追認があつたといえる。〈以下、事実省略〉

理由

第一当事者間に争いがない事実

本件請求の原因事実中、(一)ないし(三)の各事実は、当事者間に争いがない。

第二そうすると、原告文性河は昭和四一年二月、原告宋英子は昭和四二年一一月、原告文京子、同文聖元、同文良子は昭和四八年四月、いずれも日本国に密入国したものであるから、令二四条一号に該当することは明白である。

原告文性河、同宋英子は、昭和四二年一一月から大阪市で同棲し、その間に原告文和子、同文恵子、同文君子を儲けたのであるから、原告文和子、同文恵子、同文君子は、令二四条七号の不法残留者であることも明白である。

そのうえ、原告らが、協定一条によつて永住権を与えられる者に該当しないことはいうまでもない。

第三本件裁決の違法性について

一、二〈省略〉

三原告文京子らの主張について

(一)  未成年者である原告文京子らに対する入国審査官の審査、認定通知書の受領、口頭審理の請求、特別審理官の口頭審理、判定書謄本の受領は、すべて母原告宋英子が代理として関与したことは、当事者間に争いがない。

(二) 未成年者の公法行為の法定代理について、法律に特別の定めのある場合及び当該公法の性格に反する場合をのぞき、私法の規定が類推適用されると解するのが相当である。

ところで、令は、未成年者の行政行為の代理について、国籍法一一条や外国人登録法一五条二項、日本国に居住する大韓民国国民の法的地位及び待遇に関する日本国と大韓民国との間の協定の実施に伴う出入国管理特別法二条二項におけるような特別の定めをしていない。そして、退去強制手続について、私法の規定である民法八一八条以下、法例二〇条を原則として類推適用することが令の性格に反するとも解せられない(国籍法一一条の法定代理人、右出入国管理特別法二条二項の親権を行う者も法例二〇条により定めると一般に解されている)。もつとも、本国法による親権者が日本国内にない場合は別個の取り扱いをする可能性があるが、本件はそのような事例ではない。

そうすると、未成年者(意思能力のあるものを除く)に対する退去強制手続では、原則として、法例二〇条によつて定まる者が、その未成年者のために認定通知書を受領し、口頭審理請求や異議申出をするなどの手続をすべきである。そして、当時の韓国民法九〇九条は親権者を父と定めているから、本件退去強制手続で原告文京子らのために手続をすべき者は、原告文性河である。

(三)  〈証拠〉によると、本件退去強制手続の当時、原告ら全員は同居していたこと、原告文性河は原告文京子らについても退去強制手続が開始していることを知つており、家族一同とも日本国に在留できるよう希望していたこと、原告宋英子は原告文京子らのために、入国審査官、特別審理官に対し日本に在留したいとの希望を述べ、口頭審理の請求、異議の申立をしたこと、以上のことが認められる。

これらの事実と前記の原告らの身分関係によると、原告宋英子が前記のとおり退去強制手続に関与したのは、原告文性河と相談してその同意を得たうえのことと推認することができ、この推認を覆すに足りる証拠はない。

(四)  まとめ

このようにみてくると、原告宋英子の原告文京子らの退去強制手続への関与は、原告文性河の意思にもとづくものであり、その執つた行為が、原告文性河の意思に反していない以上、原告宋英子の代理としての関与が、原告文京子らの退去強制手続を無効とする程重大な瑕疵というのは当らない。したがつて、本件裁決には、原告らが主張する無効事由はないことに帰着する。〈以下、省略〉

(古崎慶長 井関正裕 小佐田潔)

別表〈省略〉

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